コラム / 智慧の言葉

Jul 21, 2015

=即身成仏義= 弘法大師 空海

リーナ・エダ心の旅
いのちに出会う旅 in 高野山

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加持とは
如来の大悲と衆生の信心を表す。
仏日の影、
衆生の心水に現ずるを加といい、
行者の心水、
よく仏日を感ずるを“持”と名づく。
=即身成仏義=

弘法大師空海の箴言

加持”とは、
人々の悲しみや苦しみを憐れみ救おうとする
大日如来の慈悲心と、
仏の加護の力を信じる私たちの心を表しています。
あたかも太陽のような仏の光が、
人々の水のような心に映じて現れるのを“”といい、
修行に励む者の水のような心が、
太陽のように輝く仏を感じるのを“”といいます。

ms2_02弘法大師 空海
『南無大師遍照金剛』
(潅頂名 密教)

弘法大師空海の思想の中核をなすものは、“即身成仏”思想だといえます。真言密教の教えの中で、“即身成仏”を三つの段階に分けて解釈しています。

1つ目は「すなわち身、なれる仏」と読み、この宇宙森羅万象すべてが仏の現れとし、私たち人間を含めたすべてのものは、そのまま仏であると解釈します。

2つ目は「身に即して仏になる」と読み、煩悩に覆われて隠れている仏を観るために、凡夫は身に印を結び、口に真言を唱え、心に仏を想う「三密加持」の行をもって仏と一体となる境涯を一時的に体験できると説いています。

3つ目は「すみやかに身、仏となる」と読み、その一時的な境涯を絶えず積み重ねることで、四六時中仏と一つになり仏の働きを生きることができると説いています。

即身成仏”を可能にするものは「三密加持」の行であり、この三密とは、身密・語密・心密の「三密」、すなわち、身(身体)・口(言葉)・意(意思)の三つの働きを指すもので、すべての生命現象はこの働きで成り立っているとしています。

大日如来を宇宙の根源的な生命力とみなし、森羅万象を大日如来の現れであると説く密教では、人間の三つの働きも大日如来の現れであり、本質的には人間も大日如来と同じであるとしています。ただ、 大日如来の働きは通常の人間の思考では計り知れないということから、密なるものという意味で「三密」と呼んでいます。衆生の三密と仏の三密とが感応し融合することこそ“即身成仏”への道程といえます。

「三密加持」は、自らの身体、言葉、意思という三つの働きを、仏の三密に融合させて大日如来と一体になることであり、具体的には、手に仏の象徴であ る印を結び(身密)、口に仏の言葉である真言を唱え(口密)、心を仏の境地に置くこと(意密)によって、仏(大日如来)と一体となるとされています。

ms2_P8183036金剛界 大日如来
(真言密教の根本本尊)

弘法大師空海は、この修行によって授かる功徳の力と、
大日如来の加護の力(加持力)が同時に働いて互いに応じ合う時こそ、
即身成仏”が可能になると説いています。

身(手に印を結ぶ)***
右の五指を各々左の五指の上にして指頭の部分を交叉する金剛合掌(こんごうがっしょう)と、臍(おへそ)の側に左手の掌の上に右手の掌を仰げて重ね、両方の親指の先を着くか着かぬほどにする法界定印(ほうかいじょういん)が代表的。

口(真言を唱える)***
念誦の遍数には三遍・七遍・百八遍・千遍、そして十万を意味する洛叉(らくしゃ)があります。また、唱え方には次のようなものがあります。

  1. 声生念誦
    自身の心の蓮華(れんげ)の上に法螺貝(ほらがい)があって、その貝から声を出すように唱える。
  2. 蓮華念誦
    唱える声が自分の耳だけに聞こえる。
  3. 金剛念誦
    唇歯を合わせて舌端を少し動かして唱える。
  4. 三摩地念
    誦舌をも動かさず、心のみ念ずる。
  5. 光明念誦
    声を出す時も出さない時も、常に口から光明を出すように念想して唱える。

意(心に仏を観じる)***
代表的な観法(瞑想法)として阿字観(あじかん)があります。梵語の最初の「」字は、あらゆる事象の根本を含むとして、阿字を観ずることによって生滅のない実在を体得できるとされています。阿字の仏様と一体になって仏の心を観じます。

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⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

〜いのちに出会う旅〜
『天命の会』
高野山金剛峯寺 無量光院

今でも空海の臨在を感じる高野山
いのちに触れ いのちの声を聴き
いのちの詩を口ずさむ…

“南無大師遍照金剛”

と唱えて高野山の森を歩きます。

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

ms2_IMG_0615 高野山金剛峯寺

ms_muryouin高野山 無量光院

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

弘法大師空海

『即身成仏』とは
人間が生きたまま、この身体のままで、
究極の悟りを開き、
尊い仏になれるという真言密教の教えです。

まず人間は、
自分の心を素直にしなければならない。
悩みや、怒りに満ちた
自分の心のもっと深いところに仏の心が
あることを知ることができれば、
それが悟りである。

それは人間の身体と言葉と心を
仏の身体と言葉と心にまで高めることのできる
真言密教の修行によってのみ可能である。
人間が生きた身体そのままで
仏になれるとはこのことである。

精進&精進

ひとり静かな時間を持ち沈黙の中で、
ありのままのいのちを観じ全身全霊で受けとめる時、

仏(大日如来)と己は一体となり、仏の境地(智慧の光)が現れる。
私たちの働きかけと、仏からの働きかけが融合し一体化することで、
眠っていた力が目覚め、無上の力(潜在力)が発揮されるのである。
まさに「三密加持」は密教の真髄である…。
太陽のごとく燦然と輝く、大日如来の仏光を全身全霊で観じたい。

リーナ・エダ 合掌

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